心に届く言葉
若かりし頃、日本語教師として外国で仕事したことがあります。
民間の語学学校で、モーニングクラス、アフタヌーンクラス、イブニングクラスと受け持ち、現地の社会人中心に直接法(媒介語を使わないで教える方法)で日本語を教えていました。
イブニングクラスは、サラリーマンが多かったのですが、その中に高校を卒業したばかりの青年がいました。
花や動物が好きな心やさしい青年でした。
彼はもうすぐ軍隊に行くということでした。
当時、その国は徴兵制があり、男子は2年間の軍隊生活が義務付けられていました。
私はこの純朴な青年が銃を持つということが考えられなくて、軍隊の生活に適応できるかと心配でたまりませんでした。
彼が入隊してから1カ月ぐらい経ったころだったでしょうか。
1通の手紙がきました。
「先生、学生はだいじょぶです。しんばいしないでください。」
一枚の便せんにそれだけの言葉が書かれていました。
私は、習いたての初級日本語で書かれたその文を何度も見返しました。
たった二文だけれど、言葉と言葉の間に彼の笑顔が浮かんできました。
彼は、入隊する前の最後の授業でも「だいじょぶ、だいじょぶ」と笑顔で言っていました。
「大丈夫」という日本語は、初級日本語のテキストには出てきません。
それは私が授業中によく使う言葉でした。
日本語の会話練習をするとき、彼らが間違うことをとても気にするので
間違っても「だいじょうぶ、だいじょうぶ」と言っていたんです。
習った日本語で一番好きな言葉は?と聞いたとき
「だいじょうぶ!」と一斉に答えたあのときのみんなの笑顔
彼の心がいっぱい詰まったその手紙
その思い出は、その後の人生で、辛くて途中で投げ出したくなったり自信がなくなって落ち込んでしまったりしたときに、私を元気づけ前に進ませてくれました。
どんなにきれいな言葉を並べても、心に届かなければ意味がないです。
難しい言葉やかっこいい表現でなくても
真実相手を思いやる言葉や、自分の思いを素直に語る言葉は
真っ直ぐ心に届くものだと思います。
だから、自分の心を素直に表現するための言葉をしっかりと選んで伝えたい。
私はいろいろな意味で「言葉は心」だと思っています。
「心にもない言葉」というのがありますが、それは、屈折した心をあらわしたものでしょう。
奥には必ず「本当の思い」「真実」があります。
現代は、ネットで様々な情報が飛び交い、「真実」を分かるために、より努力が必要な時代になりましたね。
でも、いつの時代も「真実」のみが心の奥深くまで届くのではないでしょうか。